人の一生のおよそ1/3もの時間を占める睡眠について、私たちはよく知りません。それどころか、『睡眠は無駄な時間』とか『寝ている時間がもったいない』などと考える人も多く、軽視されがちです。本当に睡眠は必要ないのでしょうか?このコーナーでは、睡眠の仕組みや必要性、役割についてご紹介します。
睡眠とは
現象としての睡眠は「周期的に繰り返す意識を喪失する生理的な状態」と表されます。睡眠と気絶や失神との違いは、睡眠は意識が失われていても、外からの刺激で比較的簡単に覚醒するかの違いです。
また、睡眠の状態は身体の活動状態によって、レム睡眠とノンレム睡眠の二つに大別されます。
近年の研究により、このレム睡眠とノンレム睡眠時に体内で起こっていることが少しずつ解明されつつあり、それぞれの睡眠状態が果たしている役割や睡眠の効果も解き明かされつつあります。
睡眠の効果は、端的には例えばエネルギーを節約する、脳や身体を休めたり疲れを癒やす、記憶を定着させる、夢を見て危機への対処をシミュレーションする、などが挙げられます。
睡眠の段階と種類
人の眠りは、急速な眼球運動を伴った睡眠であるレム睡眠と、それ以外のノンレム睡眠に分けられます。また、ノンレム睡眠は眠りの深さによって、4つに分けられ、それらを総じて以下の5段階に分類されます。
○ノンレム睡眠
・第1段階(入眠期)
・第2段階(すやすや)
・第3段階(深睡眠)
・第4段階(最深睡眠)
○レム睡眠
・第5段階(夢見睡眠,逆説睡眠)
ノンレム睡眠
睡眠第1段階~第4段階まで、覚醒度に応じた段階が定義されています。ノンレム睡眠は、「non-REM」つまり、レム睡眠ではない睡眠状態の総称で、脳が眠っている状態』と表現されます。
- ■睡眠第1段階
- 入眠時で眠気がさしているが、身体に触れただけで起きる程度に意識があるような状態です。脳波ではアルファ波が減り、シータ波とベータ波が混ざって出現します。「アルファ波の割合が50%以下になると睡眠第1段階」と定義付けられています。短い夢を見ることがあり、まどろみ期、入眠期とも言われます。
- 全睡眠時間のおよそ5%程度。
- ■睡眠第2段階
- 浅い眠りに入った状態で、俗に言う「すやすや眠った状態」で、軽く寝息を立てている状態です。比較的安定した睡眠状態で、ノンレム睡眠の中では最も割合が多く、このとき、意識はなくなっています。脳波の特徴としては睡眠紡錘波とK複合波が出現した状態。
- ■睡眠第3段階
- 脳波ではシータ波が20%以上50%未満を占める状態。完全に意識が無くなった深い眠りに入った状態で、徐波睡眠、深睡眠とも言われます。体温は低下し、呼吸や心拍数は減少します。
- 全睡眠時間のおよそ10%程度
- ■睡眠第4段階
- 脳波ではシータ波が50%以上を占める段階。最も深い眠りの状態。徐波睡眠、深睡眠。
- 全睡眠時間のおよそ10%程度
レム睡眠
レム睡眠は、睡眠第5段階と表されることもあります。レム睡眠の所以(ゆえん)は、REMは英語の[Rapid Eye Movement(急速眼球運動)]のことで、眼球が急速にキョロキョロと運動をしている状態です。
脳波は睡眠第1段階に似た低振幅パターンを示し、脳波からは睡眠第1段階とレム睡眠は容易に区別出来ない状態で、眼球運動の有無や体性神経の活動状況によって判別します。
一晩の睡眠のうち、レム睡眠はおよそ20%~25%程度を占め(年齢や個人差あり)、「身体は眠っていて脳は覚醒に近い状態」と表現されます。
レム睡眠の時に夢を見ている事が多いため、「夢見睡眠」とも呼ばれます。
※正確には、レム睡眠時は「夢を見ていたということを覚えていること」が多いだけで、レム睡眠以外の時も夢を見る。
レム睡眠時は、意識が覚醒に近い状態であることから、睡眠の深さは浅い状態と表現されることが多いのですが、身体を揺すった程度では起きない程度には眠っています。
ノンレム睡眠時が「脳が眠っている状態」であるのに対して、レム睡眠時は体性神経や自律神経の働きが低下し身体が眠っている状態(筋肉が弛緩している状態)と表現されることから、以前は「逆説睡眠」と呼ばれてきました。
レム睡眠時は筋肉が弛緩しているため、しばしば『身体が休んでいる状態』と表される事がありますが、肉体の疲労回復などの効果がある成長ホルモンがノンレム睡眠時に分泌されていること、レム睡眠時に明確な夢を見る(現実のシミュレーションと考えられる)こと、交感神経が働き出すこと、脳が覚醒に近い状態であることから、『脳が起きる準備をしている状態』というがより正しい表現であるのではないかと思います。
ところで、レム睡眠時は体の活動状態は低く、ぐったりしていて、筋肉は弛緩しているため、何らかのはずみで覚醒しても金縛りのような状態になることがあります。
また、レム睡眠時には脳内の扁桃体が活性化し、不安や恐怖といった感情が関わる夢を見やすいとされています。一説には、こうした夢を見るのは、危機的な状況へ対するシミュレーションであるとも言われています。
レム睡眠時に筋肉が弛緩するのは、夢を見ている時に身体が動かないようにするための仕組みだとも言われており、夢への身体の反応の一つとしてよく知られるものに寝言があります。夢への反応を抑える仕組みに異常があると、激しく寝言を言ったり、夢を見ている時に身体が反応して動いてしまい、暴れたり、一緒に誰か寝ている場合などはその人を殴ってしまったり、無意識のまま歩きまわったりします。
こうした睡眠時の異常行動は夢遊病やせん妄(delirium)が知られており、総じて「レム睡眠行動障害」と呼び、睡眠障害のうち睡眠時随伴症に分類されます。
また、レム睡眠時は自律神経の働きが不安定になることから、血圧や心拍の上昇、発汗などを伴い、脈拍や呼吸は不規則になりやすくなります。レム睡眠が増えすぎると心疾患や高血圧症のリスクも増えるとも考えられています。
実際、睡眠時間と健康の関係を調べた統計データでは、睡眠時間が平均よりも長くなりすぎると寿命が短くなるという結果が出ています。これは、睡眠時間が長くなることで、レム睡眠の割合が増えることが、病気のリスクを高めているという見方がされています。
睡眠周期
レム睡眠とノンレム睡眠は、それぞれが交互に現れ、波のように繰り返す性質があります。一般的にレム睡眠とノンレム睡眠の1サイクルを「睡眠周期」と表現します。
統計上の平均的な睡眠パターンでは、レム睡眠とノンレム睡眠はおよそ90分(平均値)が1サイクルになっており、そのうちノンレム睡眠(第二~第4段階)が60~80分出現し、その後、レム睡眠が10~30分ほど続き、睡眠周期の1サイクルが終了します。つまり、睡眠周期の1サイクルは平均90分ですが個人により、70分~110分程度までの違いがある場合があります。
※個人でもその日の疲れ具合などにより、睡眠の深さが変わってくるため、睡眠周期は日ごとに異なります。
一晩に6~8時間ほど眠ると4回から5回の睡眠周期が現れます。
※周期の回数や時間には個人差があります。
また、睡眠の前半と後半では、レム・ノンレムの出現する割合が異なり、一般的に睡眠前半(入眠後まもなく)は、1サイクルに占める深いノンレム睡眠の割合が多く、レム睡眠の割合は少ない状態です。逆に睡眠後半(起床間近)では、深いノンレム睡眠の割合は減り、レム睡眠や浅いノンレム睡眠の割合が多くなり、時間の経過とともに眠りが浅くなっていきます。
(下図参照)
睡眠リズムのイメージ図
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睡眠と脳波
脳波とは脳から生じる電気信号のことで、人の活動段階に応じて特徴的な脳波パターンが発せられることが分かっています。 脳波計などで脳波を測ることで眠っているかどうかや、眠りの深さを計ることが出来ます。
また、何らかの薬剤の使用時や睡眠障害など特定の疾患では、特異な脳波を示す場合があり、そうした疾患の検査にも脳波は利用されます。
睡眠の段階も、脳波の周波数によって分類されており、周波数が下がるにつれ覚醒度も低くなります。
- ■ベータ波(Beta wave,β波)
- 周波数が毎秒12Hz以上、速波。
- 高ベータ波 (19Hz+)、ベータ波 (15-18Hz)、低ベータ波 (12-15Hz)の3つに分類される速くて不規則な脳波。主に、日中の覚醒時で脳や身体が活発に活動しているときに現れます。
- 交感神経が優位で、何らかのストレスを受けてイライラしたり、緊張や興奮した状態のときに現れ、脈拍や呼吸も早くなります。
- ベータ波が多い生活(心配事やイライラやストレスが多い)は、ストレスホルモンであるノルアドレナリンやアドレナリン、コルチゾールなどが分泌され、活性酸素が増えたり、自己免疫力が低下したりと、健康にもよくないと言われます。
- ■アルファ波(Alpha wave,α波)
- 周波数が毎秒8~13Hz。
- 目をつぶった時や、座禅を組んだ時や瞑想しているとき、リラックスしてクラシック音楽を聞いているとき、入眠前はアルファ波が多くなります。覚醒時でも、精神や肉体がリラックスした時に現れ、ひらめきや企画立案、仕事で集中力を発揮するのに最適な脳の状態と言われます。
- アルファ波は各脳波の基準になっており、α波よりも周波数が速い(ベータ波、ガンマ波)と「速波」、遅い(シータ波、デルタ波)と「徐波」と言われます。
- アルファ波が出ているときは、潜在脳(左脳)が活性化され、潜在脳から情報を引き出すことで、記憶力、ひらめき、想像力などを高める効果があるとされています。また、アルファ波が放出されている時に分泌されるβエンドルフィンには、痛みやストレスの軽減や解消、気分の高揚と幸福感、免疫力の強化、脳内のセロトニン神経の活性化などの効果があります。
- ■シータ波(Theta wave,θ波)
- 周波数が毎秒4~7Hz。
- うとうと、ぼんやり、まどろんだ状態で意識のない状態で、入眠直後に多く現れます。修行を積んだ場合、深い瞑想の時にも現れると言われます。 (一般人には難しい)
- 記憶の定着や学習、閃きやインスピレーションに適している脳波の状態とされています。
- ■デルタ波(Delta wave,δ波)
- 周波数が毎秒1~3hz。
- 深い眠りに就いている時に現れる波形。完全な無意識の状態で、睡眠段階ではデルタ波の割合が20%を超えると第3段階、50%を超えると第4段階に分類されます。
- ■ガンマ波(Gamma wave,γ波)
- 周波数が毎秒40Hz以上、または26~70Hzの間とされます。
※ガンマ波はベータ波の一部とみなされることもあります。 - 意志の決定、計画立案や実行といった、高次認知機能(実行機能とも呼ばれる)に関わりがあるとも考えられています。活動エネルギーや集中力を増加させるともされ、スポーツでパフォーマンスを発揮するのに有効で、株のデイトレのような瞬時の判断をするときにも働いているとされています。
- ただし、ガンマ波が出ているときは、強い興奮状態を表すときでもあるため、長時間の継続は身体に悪影響が出る場合があります。
- ■睡眠紡錘波(すいみんぼうすいは)
- 睡眠時にみられる特徴的な脳波。出現パターンが紡錘の形に似ていることからこの名前がついています。睡眠の第2段階から現れ、ノンレム睡眠の判定に用いられます。
睡眠中のホルモン分泌
睡眠中の成長ホルモンは、ノンレム睡眠時に多く分泌されます。中でも、「入眠後の最初のノンレム睡眠」には最も多く成長ホルモンが分泌され、心身の、特に体よりも脳が酷使されやすい現代では、脳疲労の回復、怪我や傷の修復・再生が行われます。このことから、心身の疲れを取り除いたり、老化防止や肌のケアには、入眠直後の睡眠が特に重要であると言われています。
入眠直後の4時間程の時間を『睡眠のコアタイム』などと呼ぶこともあります。
※夜10時から2時が睡眠のゴールデンタイムである、というのは誤りです。
一方で、眠る時間の経過とともに、身体は起床に向けた準備を始めます。睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌量は減り、逆にストレスホルモンであるコルチゾールの分泌量が増え、血圧が上がり始め、徐々に眠りが浅くなり覚醒に向かいます。
眠らないとどうなるか
人生の1/3という膨大な時間を占める睡眠。
『睡眠時間を減らせれば時間をもっと有効活用出来る』と考える人は少なく無いと思います。
特に今の忙しい世の中では、1日のうちで削りやすいのは睡眠の時間です。そんな世相のせいか、様々な短眠法なども生み出され続けています。
では、実際に眠らないと、人の体にはどのようなことが起きるでしょうか?
- 徹夜などで一晩眠らないだけでも、反応速度や思考力、判断力に減衰が起こり、飲酒した時と同じような状態になります。
- 長期的な影響では、ある人が過去に挑んだ不眠記録に11日連続して起き続けたという記録があるそうですが、時間の経過とともに妄想や幻覚、記憶障害の症状が現れたそうです。
- 睡眠時間が平均よりも短い人は、寿命が短くなるという統計データもあります。
尚、厳密には、何日も寝ないと無意識のうちにマイクロスリープ(ごく短い間(数分の一秒から、長くても数十秒)の睡眠)が起こるので、完全に意識して眠らないということは、人間には不可能です。
マイクロスリープは多くの場合、睡眠不足や脳疲労が原因で起こりますが、その他にもナルコレプシーや過眠症と言った睡眠障害が原因でマイクロスリープが起こる場合もあり、自動車事故などに繋がるケースもあります。
眠らないと上記のような症状意外にも、様々な睡眠不足の症状が発生することが考えられ、長期的な睡眠不足は生命の維持にも関わります。
こうしたことから端的にいうと、睡眠をとることとは、『健康を維持すること』または『生きることそのもの』。
睡眠は、生きる上で安易に削ってはならないものだと言えます。人生の1/3という時間を占めるからこそ、どうやってうまく削るかを考えるよりも、睡眠を楽しみ、上手に付き合えるほうが幸せなのではないでしょうか。
睡眠に関わる様々な仕組み
★人はなぜ夢を見るのか
長い間、人がなぜ夢を見るのか分かっていませんでしたが、夢を見ることで体験した記憶を反芻(はんすう)し、未来に起こるかもしれない様々な状況にうまく対応するためのシミュレーションをしているという説があります。
これは人類が歴史上、常に脅威と隣合わせで生命の危機に瀕してきたことに関係していて、種の保存法の一貫として、無防備な就寝中にも危機的な状態を常にシミュレーションするためのものであると考えられます。
★スッキリ起きやすい時間は90分刻み
これらのレム・ノンレム睡眠はおよそ90分単位(※個人差あり)で波のように周期的に繰り返されるとされ、朝スッキリと目覚めるには、睡眠後3時間経過してから90分単位で起床時間を計算すると良いと言われています。このことから、およそ4時間半、6時間、7時間半がスッキリ目覚めるのに適した睡眠時間であると言われています。
『最適な睡眠時間』についてはこちら
★眠りをコントロールする二つの人体メカニズム
ヒトの眠りは二つのメカニズム「サーカディアンリズム(概日リズム)」と「ホメオスタシス(恒常性維持機構)」によって、コントロールされています。 これらのメカニズムを理解し、それに則した生活を送ることが、快適な睡眠への近道ではないでしょうか。
『二つの人体メカニズム』についてはこちら
★眠りを誘うホルモン「メラトニン」
人が朝起きて夜眠るという生活リズムを維持する上で欠かせないのが、上であげた二つのメカニズムの他に睡眠ホルモン「メラトニン」です。 メラトニンは不眠症などとも関わりのあるホルモンです。
詳しくは『メラトニンとは』をご覧ください。
★睡眠と成長ホルモンの関係
睡眠が不足すると、成長ホルモンの分泌が減り、身長が伸びない、肌が荒れる、太りやすくなる、疲れが取れない、病気になりやすい、など様々な影響が出てしまいます。
詳しくは『睡眠と成長ホルモン』をご覧ください。
★眠りの深さと記憶力の関係
眠りの深さや睡眠の質(睡眠効率)は、記憶力や学習能力に影響を与えています。人は加齢とともに徐々に睡眠を維持する力が衰えていき、眠りが浅くなりなります。すると、時間あたりの睡眠効率も下がり、中途覚醒が増えます。
(入眠後に何度も目が覚めるようになる。)
高齢者の場合は、中途覚醒を繰り返しても、日中の脳の記憶力や学習効果への影響は少ないとされます。ところが、若年層では、中途覚醒による記憶力や学習効果の鈍化は顕著になります。若ければ若いほど、睡眠の質が重要であると言えます。
ところで、睡眠時間と記憶力や学習効果を比較すると、1時間半(90分、睡眠周期の1サイクル分)の昼寝をとると一晩分の睡眠と等しい記憶力や学習効率の向上効果が得られるという研究データもあります。
社会人には1時間半もの休憩時間を確保することは難しいですが、たとえ20分の昼寝であっても、目覚ましい効果が期待できますので、昨夜の寝不足や日中の眠気を感じた時は、コーヒーで無理やり目をさますのではなく、20分の昼寝をお試しください。
忙しい毎日の中で睡眠時間がどうしても足りない人は、睡眠効率を最大化するために『睡眠サプリ』を試してみると良いかもしれません。
詳しくは『疲労とストレスを解消する「正しい昼寝」とは』をご覧ください。
★次のページでは『睡眠をコントロールする人体メカニズム』をご紹介します。
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