人の腸内に生息している腸内細菌の様相を『腸内フローラ』と呼びます。腸内フローラの研究には、ガンや生活習慣病の新たな治療法が生まれる可能性からダイエットやアンチエイジング効果など幅広い可能性が期待されており、医療業界のみならず、健康食品業界などでも活発な研究が進められています。
目次
腸内フローラとは
人の腸内には無数の腸内細菌が群生しており、その数は100兆とも1,000兆とも、またはそれ以上とも言われています。
野に咲く花や植物は、種類ごとにまとまって群生しますが、腸内を調べてみると、無数の腸内細菌がまるで花や植物かの如く、群生している様子がわかることから、『腸内フローラ(フローラは花畑の意、つまり腸内の花畑。日本語では腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)、叢は「くさむら」の意)』と呼ばれています。腸内フローラを彩る腸内細菌の種類は、大きく分けて3種類に分類されます。
善玉菌と悪玉菌は、常に腸内で陣取り争いをしているような状態で、善玉菌が陣取り合戦で優勢なときは一般的に『腸内環境が良い状態』であり、逆に悪玉菌が優勢なときは『腸内環境が悪い』と表現されます。日和見菌は善玉・悪玉のいずれか優勢な方に加勢して、良い働きも悪い働きもする菌です。
理想的な腸内フローラのバランス
理想的と言われる腸内フローラの割合は善玉菌が悪玉菌より多めの[善玉菌20%~30%、悪玉菌10%、日和見菌60%~70%]程度とされます。
ただし、腸内フローラを形成する細菌の割合や種類はヒトによって大きく異なり、また、腸内に生息する細菌たちの下克上は日々繰り返され、ひとりひとりの腸内フローラも生活習慣、加齢、精神状態などによっても、日々刻々と変化します。
腸内環境が悪化すると
腸内環境が悪化する原因は色々ありますが、腸内フローラのバランスが崩れた時には、自覚出来る初期症状として便秘や下痢が起こりやすくなります。
特に便秘や下痢が長く続く場合、腸内環境の悪化と、それに伴う様々な悪影響が体に生じる可能性を示唆していますので、便通に何らかの異常が続く場合は、体の異常や疾患のサインである可能性があるため、決して放置してはなりません。
→詳しくは『腸内環境が悪化すると』を御覧ください。
腸内フローラの効果や役割
腸内細菌が担う様々な役割や効果をご紹介します。
- 食物の消化や分解を助ける
- ビタミン群を合成
- 便秘や下痢を予防
- 風邪やインフルエンザを予防・重症化を防ぐ
- セロトニンやドーパミンを通じて感情に影響を与える
- ガンや生活習慣病を予防
- 痩せたり太ったりするのも腸内細菌が関係しているかも
こうした有益な効果や作用は、『腸内フローラが良い状態』により発揮されやすくなりますが、逆に『腸内フローラが悪い』ときにはこうした作用が発揮されにくくなり、例えば「腸内フローラが悪いと風邪をひきやすくなる」、などといった悪影響が生じることが考えられます。
理想的な腸内フローラを保つには
腸内フローラは一人ひとり千差万別ですが、理想的な腸内フローラを作るには、いくつかの鉄則があります。
- ・バランス良い食事
- 腸内フローラは、食事によって作られると言っても過言ではありません。人は様々な細菌を食事によって口から摂取しており、そうした細菌の一部が腸内に定着して、腸内フローラを形成しているのです。また、食事から得る栄養素は、腸内細菌のエサでもあり、様々な栄養素をバランスよく摂取することで、腸内フローラの多様性が保たれるのです。
- ・睡眠と休養
- 理想的な腸内フローラを守るには、腸の働きが正常である必要があります。腸の働きが衰えることで起こる、便秘や下痢は腸内フローラを悪化させる大きな要因です。睡眠や休養は、副交感神経系を活性化させて、腸の働きを正常に保つ上で非常に重要です。
- ・適度の運動
- 腸が便を体外へ排出するには、ぜん動運動という筋肉の収縮運動が起こる必要があります。このぜん動運動は腸やその周辺にある筋肉の働きによるもので、そうした筋肉が衰えるとぜん動運動も弱くなり、便秘などの原因になります。適度に運動をすることで、筋肉に刺激を与えて、便を排出するぜん動運動を正常化することが出来ます。
- ・ストレスを溜めない
- ストレスは、胃や腸などの消化器官が弱まる大きな原因です。近年急増している過敏性腸症候群(IBS)という病気は、そうした胃腸の働きとストレスが関係したものです。ストレスを溜めないこと、解消することが理想的な腸内フローラを保つためには重要なのです。
詳しくは『腸内環境を整える方法』をご覧ください。
腸内フローラが悪化する原因
腸内細菌の中でも、善玉菌は体に有益なことを、悪玉菌は体に有害なことをする菌であると定義されます。『腸内フローラの悪化』とは、一般的に体に有益な働きをする『善玉菌が減少すること』を指します。
善玉菌が減ってしまう原因をいくつかご紹介します。
食の欧米化
善玉菌が減少する原因の一つに食の欧米化が挙げられます。
日本で食の欧米化が進むのと比例して、大腸がんにかかる人が急増していることが分かっています。大腸がんが増えた原因の一つとして、高タンパクで脂肪分の多い食生活をすることによる、悪玉菌の増加とそれによる善玉菌の減少や腸内環境の悪化が考えられます。
悪玉菌は肉類などに含まれるタンパク質や脂質を腐敗させて、それをエサにして増殖します。腐敗したタンパク質などは、アンモニアやインドール、スカトール等の有害物質を発生させ、同時に発がん性物質を発生させます。
本来、食物繊維をしっかりと摂取していれば、善玉菌の力で悪玉菌の増殖を抑え、有害物質などを体外へ排出することが出来るのですが、食の欧米化が進んだことで、動物性タンパク質の摂取量は増加する一方で、食物繊維の摂取量は減少してしまったのです。
つまり、食の欧米化が日本人にもたらしたのは、悪玉菌の増加と善玉菌の減少、腸内環境の悪化によって有害物質や発がん性物質の発生が増加したことによる、大腸がんの増加なのです。
理想的な健康食として世界から評価されて世界遺産にもなった『和食』ですが、それを生み出した日本人が和食を食べなくなってしまったのは皮肉としか言いようがありません。
ストレス
ストレスは様々な臓器に影響を与えることが分かっていますが、中でも、最も影響を受け易いのが腸です。
人はストレスを受けると、ストレス反応として消化管でノルアドレナリンを放出します。ノルアドレナリンが放出されると大腸菌が増殖して、その病原性が高まり、逆に善玉菌は減ってしまうことが明らかになっています。
さらに、ストレスによって放出されるノルアドレナリンは、交感神経系を刺激して、胃酸の分泌を抑制してしまうため、消化不良が起こりやすくなり、腸内に悪玉菌の大好物である腐敗物が溜まりやすくなる原因にもなります。
現代社会には、様々なストレスが溢れており、心理的、肉体的なストレスで悪玉菌が増えると、善玉菌が減ってしまうのです。
運動不足
現代人はデスクワークが中心で、通勤や通学も電車や車と、運動不足になる人が増えています。運動不足によって腹筋や腹圧が衰えたり血流が悪くなったりすると、腸に溜まった便を排出する『ぜん動運動』をする力が弱くなります。ぜん動運動が弱くなると、大腸の中に便が溜まりやすくなり、便を腐敗させる悪玉菌が増殖し、善玉菌は減ってしまいます。
過度の清潔志向
殺菌、滅菌、抗菌と、世の中は清潔志向です。家に帰れば薬用石鹸で手を洗い、眠る前には抗菌のマウスウォッシュをすることも珍しいことではありません。 ところが、こうした清潔グッズを使いすぎて、何でもかんでも殺菌しようとすると、体に必要な菌まで殺してしまうと言います。体に必要な菌が死んでしまうと、それらの菌が担っていた免疫力が低下し、風邪をひきやすくなったり、ひどい時には体にカビが生えてしまうことさえもあるそうです。
特に免疫力が未発達の子供に抗菌グッズを乱用すると、免疫力が育たずに病気に罹りやすくなってしまうことが考えられます。
抗生剤
風邪の時などに処方されることのある抗生剤(抗生物質)は、善玉菌・悪玉菌を問わず、腸内細菌を殺してしまいます。それどころか、ウィルス性の風邪や感染症には抗生剤は効きません。
何でも薬を飲めば治るものだと思い込んで、熱が出たり風邪をひくとすぐ薬に頼る人がいますが、抗生剤を飲むとかえって腸内細菌を減らしてしまい、体が本来持つ免疫力を損なってしまう恐れがありますので、安易に抗生剤に頼らないようにするべきです。
ただし、医師が抗生剤を処方する場合は、有益な腸内細菌が死んでしまう「リスク(不利益)」よりも、直ちに体に害を及ぼす菌など殺すことの「ベネフィット(利益)」のほうが高いと判断した結果であるため、医師の判断に従いましょう。
低体温
腸内細菌が生息しやすいのは低温よりも高温です。
ところが近年は、自律神経系の乱れから低体温の人が増えています。特に子供の低体温が増えていますが、その原因として以下のようなことが挙げられます。
- 寝不足や夜更かし
- 冷暖房による体の体温調節機能の低下
- 自律神経の未発達
- 食事
- 手料理が減った
- 食品添加物の増加
- 朝食を食べない
- 好き嫌いが増え、偏食化
- 旬のものを食べなくなった
加齢によるもの
一般的に加齢によって善玉菌は減り、悪玉菌は増えるとされます。
紹介したものの中でも、特に大きな原因は、食の欧米化とストレスによるものです。腸と体の健康を考えるなら、まずは食生活と生活習慣から見なおしてみましょう。
*今回ご紹介した「腸内フローラ」や「腸内細菌叢」と呼んでいる概念は日本では未だに主流ですが、海外では主に『マイクロバイオーム』と呼ばれているようです。
photo credit :Manuel