脳内で働く神経伝達物質『セロトニン』は、うつ病や不眠症など、様々な疾病の発症に関係しているとされ、近頃はテレビの健康番組などでもよく耳にするキーワードです。同じくして、最近は腸内フローラ(腸内細菌叢)の重要性と、それを改善するプロバイオティクスに注目が集まっています。実は、今注目を集めているこの2つの言葉には、驚くほどに接点があるのです。
セロトニンは腸で作られる
セロトニンは、脳内だけでなく体全体におよそ10mg存在しているとされ、そのうち腸などの消化器官に90%、血液中の血小板に8%、脳内に2%程度がそれぞれ分布しているとされます。
最も多くのセロトニンが分布している腸は、セロトニンそのものが生成される場所でもあり、小腸にあるクロム親和細胞という細胞でセロトニンは生成されます。
腸のセロトニンと腸内細菌
これまで様々な研究を通じて、小腸のクロム親和細胞におけるセロトニン生成には、乳酸菌などの腸内細菌が関わっていることと、そのことから腸内フローラが正常に機能すれば腸内のセロトニンの量も正常に保たれるが明らかになって来ました。
腸内環境が悪化すると腸のセロトニンが減る
暴飲暴食、ストレス、ダイエットなど、何らかの原因で腸内環境が悪化すると、腸内フローラにも悪影響が出て、腸内のセロトニンが担っている、便を排出するぜん動運動にも悪影響が出て、便秘や下痢などの症状が現れる事が分かっています。
特に、便秘や下痢などの便通異常のうち、ストレスや緊張が原因で起こるものを過敏性腸症候群(IBS)と言い、ストレスの多い現代社会では、5人~10人にひとりが過敏性腸症候群に悩んでいるとも言われています。
脳のセロトニンと腸内細菌
体内のセロトニンのほとんどが腸内で作られる一方、腸内で作られたセロトニンは、直接脳内に入ることは出来ません。これは、血液脳関門(BBB)というバリア機能によって、血液から脳内へ入る物質が制限されているためです。
では、脳内に存在するセロトニンはどのようにして存在しているかというと、脳内で直接生合成されます。 しかし、生合成するには様々な材料(前駆体や酵素)が必要で、それらの材料は腸から血液脳関門を通過出来る形で供給されます。
セロトニンの前駆体は5-HTP(5-ヒドロキシトリプトファン)という物質で、腸内でタンパク質から分解された必須アミノ酸『トリプトファン』から生合成されます。
トリプトファンなどのアミノ酸がタンパク質から分解される際には、ビタミンCなどのビタミン類が酵素として使用されます。また、ビタミン類の一つである、『ビタミンB6』はトリプトファンからセロトニンの前駆体である5-HTPを合成する際に必要となる補酵素として働きます。つまり、タンパク質の分解や、5-HTPの生合成にはビタミン類の働きが欠かせないことがわかります。
そして、実は、こうしたビタミンB6をはじめとした、野菜や果物のような食品に元々含まれているビタミン類は腸内細菌によって食品から取り出され、合成されています。
*腸内細菌によって合成されるビタミン類:ビタミン(B1,B2,B6,B12)、ビタミンK、ビオチン、葉酸
腸内環境が悪化すると脳内のセロトニンも減る
ここまでの内容を整理と、以下のような流れになります。
- 腸内のセロトニンは脳内に直接は入れず、前駆体『5-HTP』の形で血液脳関門を通過する
- 5-HTPを『トリプトファン』から生合成するには、酵素や補酵素としてビタミンB6の働きが欠かせない
- ビタミンB6などのビタミン類を体内で合成しているのが腸内細菌である
- 腸内細菌が減ってしまうと、5-HTPを生合成するビタミン類が食品から十分に取り出せない
- 脳内でセロトニンが作れない
こうして、脳内で生合成されるセロトニンも、元を辿って行くと腸内細菌が関わっているのです。
腸内細菌が脳内のセロトニンの生合成にも関わっているということは、腸内フローラを悪化させることが、脳内のセロトニンが関わるとされるうつ病をはじめとした精神疾患や、セロトニンから生合成される睡眠ホルモン『メラトニン』が不足することで起こる『不眠症』などの睡眠障害にも繋がるということになります。
セロトニンが不足すると腸内細菌にも影響が出る
腸内細菌が脳内のセロトニンの生合成に影響を与えている一方で、逆に脳内のセロトニンも腸内細菌へ影響を与えています。
その影響は脳が受けるストレスによってもたらされます。
セロトニンは自律神経を落ち着かせてリラックスさせる作用がある神経伝達物質で、ノルアドレナリンやドーパミンなどの、他の神経伝達物質がバランスよく働くように作用しており、脳内における天然の精神安定剤のような物質でもあります。
重度のストレスを受けると、脳内でセロトニンの働きが弱くなることがあります。すると、セロトニンによって保たれていた自律神経系の働きが乱れて、交感神経系の働きが強くなり、胃や腸などの消化器官の働きを制限してしまいます。
ストレスが続き、交感神経系が強く働く時間が増えれば増えるほど、消化器官の働きは弱くなり、便秘や下痢を起こしたり、食べたものを消化吸収する力が悪くなって、腸内環境と腸内細菌にも悪影響を与えます。
実際、ストレスによってストレスホルモンであるノルアドレナリンが腸内に放出されると、大腸菌などの悪玉菌が増殖することと、大腸菌の病原性が強くなることが確認されています。悪玉菌は様々な毒素を出して腸を腐敗させて、それがガンなどの重大疾患にも繋がります。
また、ストレスは過敏性腸症候群(IBS)の原因であることも知られています。
こうして、脳内のセロトニンと腸内の細菌は、互いに影響を及ぼし合っているのです。言い換えると、脳と腸は互いに影響しあっているとも言えます。
『脳腸相関』という言葉がありますが、これも脳と腸の関わりの深さを示した言葉です。人間の体の働きは、全て脳に支配されていると考えられがちですが、実は脳もまた、内臓である腸によってその働きが支えられているのです。