人の脳と腸には密接な関わりがあるということは意外と知られていません。例えば、ストレスでお腹が痛くなった経験がある人は少なく無いと思いますが、逆に腸内環境が悪いせいで便秘などを起こすことが脳のストレスを生み出す原因になることや、脳内で必要な神経伝達物質の生成に悪影響を与えることもあるのです。さらに知られていないのが、腸の働きには腸内に生息する腸内細菌が深く関わっているということです。

腸の働きと腸内細菌

腸の代表的な機能は食事から得た栄養分の要・不要や害・無害を分析し、体に必要な栄養分を吸収した後、残りカスを体外へ排泄することです。体内に有毒物質が入った際に、殺菌したり排出したりするのも腸の作用です。口にしたものが有害物質かどうかの判断は、腸内の神経ネットワークが担っており、脳は介在していません。

また、人体の免疫システムのおよそ6割は腸に集中しており、これが『腸管免疫』と呼ばれます。腸は免疫機能の中枢でもあるのです。

腸は大きく小腸と大腸の二つに分けられます。主な役割は小腸が食物の消化と吸収で、大腸は主に水分の吸収をする他、小腸で吸収しきれなかった栄養素のさらなる消化と吸収、残りカスを便として形成し排出する役割があります。

そしてこうした腸の働きの根幹を支えているのが、腸の中に生息している目に見えない腸内細菌なのです。

腸内細菌とは

腸の働きに大きく寄与しているのが、腸内に生息する腸内細菌です。人の腸内に生息する腸内細菌の種類は100種類以上、その数は100兆とも1000兆とも言われており、腸内細菌が形成する腸内環境は、花畑にも例えられ、腸内フローラと呼ばれます。腸内細菌は腸内で栄養分を分解しビタミンなどの体に必要不可欠な栄養素を生成している他、免疫機能にも大きく関与するなど、その働きは人の健康と密接な関係があります。

腸内細菌の種類

腸内細菌は、その役割などから主に3種類に分類されます。

善玉菌
乳酸菌ビフィズス菌がその代表で、腸内を酸性に保ち有害な菌を殺菌するなど、腸内や人体に有益な働きをする菌です。
悪玉菌
悪玉菌はアンモニアや硫化物など、人体に有害な物質を生み出します。悪玉菌が増えると、有害な物質が腸内に充満し、腸内環境を悪化させます。すると次第に腸壁のバリア機能が衰えてしまい、これらの有害物質が腸壁バリアを通り抜けて血中に吸収され、体内に流れて生活習慣病の原因になると言われています。
その一方で、悪玉菌の代表のように扱われる大腸菌の一種は、ビタミンを合成したり、O-157等の有害な病原菌が腸内に定着しないようにするなど、全く不必要で有害な菌であるとも言い切れません。
日和見菌
日和見菌とは、善玉とも悪玉とも言えないが、優勢な勢力側について、良い働きと悪い働きの両方をする菌のことです。腸内細菌の中では最も数が多いのがこの日和見菌です。
善玉菌が優勢なときは無害ですが、腸内環境が悪化して悪玉菌が優勢になると、有害物質を生成するなど、悪玉菌のような働きをします。
日和見菌の中には、人の脂肪を減らしたり増やしたりする働き、つまり肥満やダイエットに関係する働きを持つ種類も発見されています。詳しくは、『腸内細菌と肥満の関係』をご覧ください。

これら3種の細菌は、どれかが多すぎても少なすぎても良いということではなく、バランスと細菌の多様性が重要です。例えば悪玉菌と言われる大腸菌であっても、ビタミンの合成などをしているため、人体にとって不要な菌はなく、一定数は必要です。バランスは善玉菌一杯、悪玉菌少なめ、日和見菌適宜で、善玉2:悪玉1~1.5日和見7~7.5くらいの割合が良いとされます。

詳しくは『腸内環境が悪化すると

腸内細菌の働き

腸内細菌の働きについてご紹介します。

便通の正常化
便秘や下痢などの便通の異常は、便に含まれる水分量の違いによって起こります。便に含まれる水分量が多すぎたり少なすぎたりしてしまう原因は、善玉菌や悪玉菌のバランスが影響しているとされます。腸内環境が悪化し、悪玉菌が増えすぎると、便秘や下痢をしやすくなります。善玉菌を増やし、腸内環境を正常に保つことで便通も正常に保たれます。
栄養素の消化と吸収
食べ物の栄養素の消化と吸収は、主に小腸によって行われます。小腸での食物の消化は、膵液や消化酵素によって行われ、栄養素の吸収は突起状の絨毛によって行われます。
一方、大腸では小腸で消化吸収しきれなかった食物繊維やタンパク質がブドウ糖やアミノ酸に分解され、水分やミネラルとともに吸収されます。大腸では栄養素の分解に必要な消化酵素が分泌されず、大腸での栄養素の分解は主に腸内細菌によって行われます。つまり、人が独自では分解できない食物繊維などの栄養分の中には、人間が生きる上で必要不可欠なものも少なくなく、人は腸内細菌無しでは生きていくことが出来ないのです。
また、近年の研究では、腸内の細菌の割合によって、食事から得る栄養の吸収効率が異なることがわかり、腸内細菌叢の割合が肥満に関係していることを調べる研究や、肥満に関係の深い細菌の種類などを調べる研究などが進められています。
詳しくは『腸内細菌と肥満の関係』をご覧ください。
栄養素の合成
腸内細菌は、タンパク質や糖質をアミノ酸やブドウ糖へ分解したり、ビタミン(B1,B2,B6,B12)、ビタミンK、ビオチンや葉酸などを生成します。また、小腸で消化しきれなかった食物繊維やオリゴ糖などいわゆる『水溶性食物繊維』を発酵させて、酢酸、酪酸、プロピオン酸などの『短鎖脂肪酸』という、人が吸収できる物質に変換します。短鎖脂肪酸は内臓や筋肉など体組織のエネルギー代謝に利用されます。
有害物質や発がん物質の抑制、免疫力の向上
短鎖脂肪酸は体組織のエネルギー源となる他にも、腸内のpH値を弱酸性に保って悪玉菌の増殖を抑制し、有毒物質や発がん物質が生成されるのを防ぎ、腸のぜん動運動(排便作用)の促進、抗炎症作用や免疫力の向上など、様々な機能を有します。
セロトニンやドーパミンを合成
腸内細菌はトリプトファンを分解して、セロトニンの前駆体である5-HTPを合成します。また、ドーパミンの前駆体であるL-ドーパも同様にフェニルアラニンチロシンと言ったタンパク質を腸内細菌が分解することで作られます。
セロトニンやドーパミンは血液脳関門(BBB)を直接通り抜けることが出来ないため、5-HTPやL-ドーパと言った前駆体の状態で血液脳関門(BBB)を通り抜けて脳内へ入り、脳内でセロトニンやドーパミンへと合成されるのです。
トリプトファンはセロトニン、フェニルアラニンはドーパミンの原料となりますが、それらアミノ酸を分解する腸内細菌がいない状態でトリプトファンやフェニルアラニンを多く含む肉類などからタンパク質を摂取しても、脳内のセロトニンやドーパミンを増やすことは出来ないのです。
うつ病など気分障害を防ぐ
腸内細菌がいないと、セロトニンやドーパミンを脳へ送ることは出来ません。また、腸内細菌の数はセロトニンやドーパミンが合成されるにも影響するため、腸内細菌の減少が慢性化すると、セロトニンやドーパミンの合成量も慢性的に不足し、鬱っぽくなったりやる気が起きなくなるのです。このことから、安定した腸内環境はうつ病をはじめとした気分障害を予防しているとも考えられています。
詳しくは『うつ病と腸内細菌

近年の研究では、腸内細菌には、人の眠りへの関わり、生活習慣病などの様々な疾病への関わり、また、肥満やダイエットなどにさえも影響があることが、徐々に明らかになるなど、人への影響は底が知れません。

また、こうした腸内細菌の働きを正常に維持するには、腸内環境を整えることが重要になるのです。

photo credit :Zakwitnij!pl Ejdzej & Iric