『体の中で不要な組織』と聞いて、どこを想像しますか?
恐らく多くの人と同じく、筆者も長らく『盲腸』こそが不要なものだと思い込んでいました。
ところが今、盲腸には良好な腸内環境を維持する上で、重要な組織が集まっているということが明らかになってきたのです。
盲腸と虫垂の違い
盲腸という言葉は、右下腹部の急激な腹痛を引き起こす、いわゆる『盲腸(虫垂炎)』の名で有名ですが、正式な盲腸とは、小腸が終わり大腸の始まる部分にある、大腸内の部位の名称のことで、小腸と大腸の繋がり部分でもあります。
実は病気としての盲腸が起こるのは、盲腸全体ではなく、盲腸の端から飛び出している『虫垂(ちゅうすい)』という細長い突起の部分で、正確には『虫垂炎』と呼びます。
つまり、盲腸の端にある『虫垂』で起こる炎症『虫垂炎』のことを、昔からの慣例上『盲腸』と呼んでいるのであって、我々が『盲腸』だと思っていたのは、実は『虫垂』なのです。
虫垂は免疫抗体を産生していた
しばしば生命の危険にさえ繋がる虫垂炎を引き起こす『虫垂』は、長らく文字通り『無用の長物』とされ、虫垂炎が起こると問答無用で切除されてきました。
ところが最近になって、虫垂にあるリンパ組織では、腸の免疫機能を維持する上で重要な『IgA』という抗体物質を産生しており、特に病気になりやすい大腸へのIgAの供給を担っていることがわかり、虫垂はもはや無用の長物とは言えなくなったのです。
IgAとは
IgAとは、腸などの粘膜免疫を担う抗体物質で、IgAを産生する虫垂を切除すると、大腸へのIgAの供給が減り、長期的に見ると大腸の腸内フローラが悪化する可能性があります。
また、虫垂の切除で炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎やクローン病など)になりやすくなる可能性も指摘されています。
虫垂は腸内フローラの要
虫垂は免疫機能上で重要な役割を担うと同時に、腸内フローラの形成に欠かせない大量の善玉菌がいることも明らかになっています。
虫垂から善玉菌が定期的に大腸へと放出されることで、腸内フローラの安定に役立っていると考えられており、虫垂は言わば善玉菌の生産工場と保管倉庫のような働きを同時にしている、『腸内フローラの要』であると考えられるようになっています。
虫垂炎の原因と予防
虫垂が腸内環境にとって重要であるということはわかりましたが、一度虫垂炎を発症すると、最悪の場合は死に至るため、切除されてしまうケースが多いのが実情です。
虫垂炎とは
虫垂炎とは、虫垂が何らかの原因で炎症を起こすことを言います。
代表的な自覚症状として、右下腹部の急激な激痛や発熱が起こります。
虫垂炎の主な原因とされるのは、虫垂にもの(便など)が詰まったりして、そこで大腸菌のような悪玉菌が増殖することで、炎症を起こしたり膿がたまって、虫垂炎が起こるとされます。
また、虫垂炎の症状が悪化すると、虫垂の壁が破れて膿がお腹の中に溢れてしまい、腹膜炎などを合併する危険があります。
虫垂炎の治療は、患者の症状から医師が判断して、手術(開腹手術や腹腔鏡下手術)で切除するか、抗生物質を投与して炎症を抑える(いわゆる「盲腸を散らす」方法)か、いずれかの方法がとられます。
虫垂炎は一度切除してしまえば再発しませんが、前述のように虫垂は免疫抗体を産生したり、善玉菌の住処でもありますので、切除せいてしまうと長期的には腸内環境へ影響が出る可能性もあります。
出来れば切除しなくても済むよう、抗生物質での治療が比較的容易な、初期のうちに診察と治療を受けることが重要になります。
特に近年では、腸内環境の重要性が周知されつつあることから、抗生物質による保存療法を選択するケースが増えてきているようです。
虫垂炎の予防
腸内フローラにとって重要な虫垂が、虫垂炎にならないような予防として日頃から私達ができることは、腸内環境を整えておくことです。
虫垂炎の原因の一つには、悪玉菌の増加などの腸内環境の悪化が考えられます。
ストレスや生活リズムの乱れ、睡眠不足による悪影響、暴飲暴食、ダイエットなど様々な原因によって起こる腸内環境の悪化を防ぐこと、つまり規則正しい生活をして腸内環境を整えること、プロバイオティクス(乳酸菌やビフィズス菌などの善玉菌)やプレバイオティクス(オリゴ糖や食物繊維など)をたくさん食べることが、虫垂炎の予防にも繋がると考えられます。
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