脳内で働く神経伝達物質セロトニンは不足するとうつ病の原因になるとされるているなど、人間の精神面に大きな影響を与えていることが知られています。我々の体内に存在するセロトニンの働きには様々なものがありますが、今回着目するのは腸内に存在するセロトニンの働きと、それによって起こるIBS(過敏性腸症候群)という疾患についてです。
人体内のセロトニンの分布
体内にはセロトニンはおよそ10mg存在するとされていて、以下の割合で各部位に分布しています。
- 体内のセロトニン分布と割合
- 90%―腸内のクロム親和細胞→腸のぜん動運動に作用している考えられている。
- 8%―血液中の血小板→止血作用、血管の収縮作用など。偏頭痛の原因になるとも考えられている。
- 2%―脳内の中枢神経に存在し、神経伝達物質として働く。
これら体内に存在するセロトニンのうち、不足するとうつ病になるなど精神面に影響を与えるセロトニンは「脳内の2%」と考えられています。
また、血液中のセロトニンは血液脳関門を通過できないため、精神面への作用は無いとされています。
では、体内に存在するセロトニンのうち、その量のほとんどを占める「腸内のセロトニン」はどのような作用をしているのでしょうか?
腸内にはセロトニン受容体が存在し、腸内の粘膜から分泌されるセロトニンと結合して、「腸のぜん動運動(伸縮を繰り返し、便を肛門へ運ぶ動き)」に作用していると考えられています。
脳と腸は「脳腸相関」と言われるほど密接な結び付きがある一方で、「腸は第二の脳」などと比喩されるように、脳からの支配を受けない独立した働きをする器官であることも様々な研究で明らかにされています。
脳が得た情報が腸へ反映されるものの一例に、ストレスの作用がありますが、ストレスは様々な病気の原因になるとされています。
ストレス社会で近年増加しているIBSとは
脳で受けたストレスが腸に作用する疾患の一つに、IBS(過敏性腸症候群、Irritable Bowel Syndrome)というものがあります。例として昔から、「緊張するとお腹が痛くなってトイレに行きたくなる」と言う人がよくいます。
IBSは不安障害やパニック障害の一種ともされており、過去の経験則の学習効果から来る、強い不安や恐怖心などのストレスによって引き起こされる、下痢や便秘などの症状を伴う、腹痛・腹部不快感などが慢性的に繰り返される事を言います。
日本医療データセンターの調査によると、IBSの発症数は男性よりも女性が多く、女性53%に対し男性47%となっています。女性にIBSが多い理由ははっきりしませんが、原因の一つとして考えられるのが、脳内のセロトニンの量で、女性は男性よりもセロトニンの量が少ないとされています。
参考資料:日本医療データセンターIBS(過敏性腸症候群)に関する医療統計データ分析を実施
通常、脳がストレスを感じると、腸はそのストレスの信号をキャッチして、その際にセロトニンが分泌されています。IBSでは、その発生原因の一つとして腸内でのセロトニンの分泌と腸の過剰反応が関係していると考えられています。
例えば、「大事な会議の前にはいつもお腹が痛くなる」、「試験中にお腹が痛くなる」というのも、過去の失敗や緊張など、強いストレスを感じた経験から、同じ場面に遭遇すると過去の経験が蘇って、腸のぜん動運動が激しくなりお腹が痛くなる、というのがIBSの発生メカニズムです。
こうした場面で起きる急な腹痛は、過去に受けたストレス(例えば会議での失敗など)を脳が覚えていて、同じような状況になると、脳からストレスの信号が発せられ、腸の粘膜からセロトニンが大量に分泌されて、腸のぜん動運動が促され、急速にお腹が痛くなるというメカニズムだとされます。
尚、ここで言う「ストレス」とは、自覚できるものだけでなく、無意識のうちに感じるストレスも含みます。
IBSでは腸で分泌されるセロトニンが多すぎたり少なすぎたりすること、また、腸の腸のぜん動運動に何らかの異常が発生することで下痢や便秘、腹痛などの症状が発生するものと考えられています。
また、IBSの原因として、自律神経の働きが弱くなることから、IBSと自律神経失調症との関わりも指摘されています。
腸のぜん動運動を始めとした身体の不随意運動は、自律神経が支配しているためで、それら働きの異常は自律神経の異常や、交感神経系と副交感神経系のバランスの乱れが原因であると考えられるためです。
腸内細菌もIBSに関与している
腸の働きの異常であるIBSは、腸内環境の悪化と、腸内に住む腸内細菌の減少などが関係していることも考えられます。腸内環境の良し悪しは、腸内細菌の働きによって変わってくると言ってもよく、腸内細菌にとって良くない環境であれば腸内環境は悪化して、その結果、IBSのような腸の働きの異常が生じているとも考えられるのです。
IBSのタイプは主に3種類
IBSの改善
IBSの原因の一つとして、腸のぜん動運動の異常が挙げられますが、これは自律神経の乱れが原因であると考えられています。自律神経が乱れる原因は、特に不規則な生活、乱れた食生活、睡眠不足などが考えられますので、IBSを改善するにこうした生活習慣を改めることが必要になります。
- 規則正しい生活―
- 毎日、同じ時間に起きて同じ時間に寝る、また、朝起きたら太陽の光を浴びるような規則正しい生活を心がけましょう。
- 食生活の改善―
- 栄養バランスの取れた食生活をするよう心がけましょう。バランスの取れた食事をしっかり取ることは、セロトニンの原料となるトリプトファンの生成にも効果的です。
- 適度な運動―
- 交感神経系と副交感神経系のバランスを保つために、適度な運動が効果的です。また、運動は気分転換やストレスの解消にも効果的なので、非常に有効な改善方法の一つです。
- 充分な睡眠―
- 睡眠は規則正しい生活の基礎にもなりますし、睡眠を取る事自体がストレスの解消にもなります。また、睡眠時に分泌される成長ホルモンには、病気などへの抵抗力を上げる効果もあります。
尚、これらは自分で行う改善法の一例ですので、自覚症状がある方は重症化する前に、医師の診断を受けることをお勧めいたします。また、IBS以外にも腸で発生する病気は多く、下痢や便秘、腹痛などの何らかの異常が一定期間続いたり繰り返す場合は、やはり医師の診断を一度受けましょう。
IBSの治療
IBSの治療方法はいくつかの種類がありますが、根底にあるのは生活リズムや食生活の見直しを図るという考え方です。
- 食事療法
- 症状に合わせて、更新料など刺激の強い食材を避けた食事を模索します。下痢の場合は乳製品やアルコール、冷たい物や揚げ物なども負担が大きいため控えます。便秘の場合は、スープなどで水分を多めに取り、野菜や海藻などから食物繊維も摂取します。
- 運動療法
- 適度な運動は整腸作用が期待できる他、IBSの原因の一つでもあるストレスの解消に役立ちます。日々のライフスタイルに合わせて、持続可能な運動を取り入れます。
- 薬物療法
- 食事や運動で症状が改善しない場合は、薬物療法も検討します。男性の場合は、腸のセロトニンに作用する薬が用いられることで症状の改善が見られることが多くなりました。ただ、女性の場合は余り効かないため、処方されないようです